Sep 15, 2014

大工よ、屋根の梁を高く上げよ / シーモア - 序章 - ー J.D.サリンジャー


『ライ麦畑でつかまえて』で有名なアメリカの小説家、サリンジャーの連作2編の小説、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』(1955年発表)と『シーモアー序章ー』(1959年)を一つにまとめたもの。


(注意:ネタバレ全く自重しません。)




はじめに断っておくと、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』の方は読み物としてごく普通に(これから説明しようとしている登場人物や諸作品の関係を知っていれば尚更)楽しめる作品ですが、『シーモアー序章ー』の方はある程度準備がないと読み進めるのが辛いと思います。理屈っぽい中年男が寝っ転がって書いたとりとめのない駄文にしか見えないでしょう(実際そうです)。


その予備知識っていうのを簡潔に言うと…

このサリンジャーが発表した作品はそれほど多くなくて、有名なものはホールデン・コールフィールドが主人公の『ライ麦畑でつかまえて』、そしてここで紹介している2作を含むグラース・サーガと呼ばれるグラース家を(その長男を)中心に描かれる作品の一群となっています。
この2作品の前に短篇集『ナイン・ストーリーズ』やら『フラニーとゾーイー』やらが発表されているわけですが、『ナイン・ストーリーズ』収録の『バナナフィッシュにうってつけの日』という作品の終盤で、グラース家の長男シーモア・グラースが唐突に拳銃自殺してしまうんですね。生前のシーモアが登場する作品は実質的にこの『バナナフィッシュにうってつけの日』だけなんですが、きょうだい達とって両親以上に精神的な影響を与えていた長男シーモアの死のインパクトは絶大なもので、以降の作品ではきょうだいや両親それぞれの視点から、シーモアという存在について、そしてその死をどう受け止めていくかが描かれています。ちなみにきょうだいは上から、長男シーモア、次男バディ、長女ブーブー、双子のウォルトとウェーカー、五男ゾーイー、次女フラニーの7人。

で、今回のこの2作品はシーモアと一番長く過ごし、最も近い存在でありその友人でもあった次男バディが主役であったり語り部であったりするわけです。




はじめは『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』について。

小説家であり大学教授でもある次男バディの視点で、若い時にシーモアの結婚式でとんでもないトラブルに見舞われたときの話が軽快に、そしてとてもユーモラスに著されています。

正直、冒頭からニヤニヤ笑いが止まらないです。

子守を頼まれていたシーモアが、夜泣きするフラニーに「読んで聞かせよう…」とかいって取り出したのは、絵本などではなく…なんと『道教の説話』!しかも生後10ヶ月だったフラニーは後年、その時のことを「覚えてるわよ!」って言って譲らないらしい…(なんや…なんやねんこの家族!)

妹のブーブーから届いた手紙も面白い。「私行かないけど、テメーはちゃんと結婚式行けよ!」って趣旨なんですが、花嫁に対しては「私の考えでは、最低だと思う」とか書いてるし、その母親に対しては流行りの心理学に振り回されている俗物とこき下ろしているし、極めつけは、「あたしは1942年(この結婚式の年)を憎むわ。死ぬまで憎むでしょうね、原則として。」と、かなり辛辣な言葉で締めくくられています(なんや…なんやねんこの家族!)。


そして結婚式当日。
なんと、意味不明な素振りを見せてシーモアが行方をくらまします。バディは、「なんやねん、兄ちゃん…」と思いながらも、とりあえず披露宴会場に移動するために車に乗り込みます。
しかし、乗り合わせた方々の中には「花婿つかまえて、ぶっ殺す!2分で殺す!」とか言い出す血気盛んなご婦人がいるもんで、バディは「いや、自分はただの友人ですよ…」といってごまかしますが、シーモアを精神病者とか言われたらさすがに黙っておけない。ちょっとアツくなったバディがシーモアを擁護していると、婦人から思いもよらない言葉。

婦人「念のために言ってあげてもいいけどさ、あんた、あたしがあんたを誰だと思っているか、分ってる?あんた、シーモアの弟さんでしょう。」
バディ「……!!」
婦人「あんたの顔が、弟という人に似てるもの、ヘンチクリンな写真に写ってたのに。違う?」
バディ「……そうです」

「そうです」じゃねーだろーがよw!


一時はどうなることかと思われましたが、他のご婦人がラジオで有名だったきょうだいにシーモアやバディがいたことを知って話に割り込んできたり、またまた予期せぬトラブルに巻き込まれたりで、なんとかその場は収まります。そして、バディはものすごく居た堪れない気持ちになりながらも、同じ車の中でひとり静寂を保った、ニコニコしているジイさんに心救われるのです。

なんやかんやでとりあえずグラース家のアパートにみんなで移動。シーモア・グッズが見当たるところにあるとご婦人の怒りが再燃しかねないので、シーモアの日記を見つけたバディは洗面所に隠しに行きます。するとそこの鏡には、石鹸カスでブーブーからのメッセージが書き残されていました。

「大工よ、屋根の梁を高く上げよ。アレスさながらに、丈高き男の子にまさりて高き花婿きたる。先のパラダイス放送株式会社専属作家アーヴィング・サッフォより、愛をこめて。汝の麗しきミュリエルと何卒、何卒、何卒おしあわせに。これは命令である。予は、このブロックに住む何人よりも上位にあるものなり」

なんや…なんやねんこの家族!『粋』や!それ以外に、言葉が思いつかへんっ!
バディには汚い言葉で散々グチってたくせに、シーモアにはこうやってありったけの祝福の気持ちを表すんですからね…。こんな風に人々の絆と信頼、そして愛情が妙に人間臭く表現されているのがサリンジャーの作品の魅力だと思います。


さて、病気と暑さとバツの悪さで参りそうだったバディは、酒を煽ったりしながら風呂場でシーモアの日記を読みふけります。
その内容は、シーモアが軍隊にいた時分の、後に嫁となるミュリエルやその家族との交際を綴ったもの。
知性や関心や価値観、ひいては人生観が全く異なる二人の様子がうかがい知れます。で、(こっからはかなり解釈が分かれてくると思うんですが、)シーモアはそんな彼女を疎んじたりするほど世俗的な考え方をするわけではなくって、なんだか愛玩用小動物を扱うような愛おしさをもって眺めているんですね。私みたいな凡人なら「何言っとんのやコイツは…何も考えてへんやんけ…」って若干引いてしまうような相手の振る舞いを目の当たりにしても、それを「美しい」とか「素朴で素晴らしい」とか感じる人だったんですね。多分、このミュリエルやその家族は比較的快活な生活を送っているようなので、そういった物凄く平凡で、バカらしい部分が大いに散見されたはずでしょうが、シーモアにとっては程度の大小はあれ、この方々に抱くような感情は家族も含めた周りの人間みんなに感じていたような気がします。そして、当人の自殺はこの感情の延長線上に必然的に横たわっていたものだと疑わないわけにはいかないです。

なんとなーくですけど、その感情の片鱗は分かる気がするんですよ。うーん、なかなか書こうとしても書けないというか、頭のなかで考えだすのすら悍ましいような、そんな気持ちです。まあ確実に言えるのは、シーモアは辛いこととか悩みに耐え切れなくなって死んだとか、そういうんじゃないってことです。悩みなんて、例えば「オレだけ頭良すぎて、周りの人の価値観と違いすぎる!共感してくれる人がいないのが苦しい!」とか、そんなチンケな悩みなんて全くなかったわけで、かといって逆に「ああいう人たちが羨ましいなあ!生活に必要のないことまで延々と考えてしまうオレは本当におかしなやつだ!」と自分を責めたわけでもない。なんというか…確かにミュリエルとの生活には、ひいては人生にも幸せを感じていたんだろうけど、別にそれに固執するほどの意味も見いだせないような…敢えて捨て去る気にもならないのだけれど、別に…的な、ちょっと浮世離れした死生観にまで考えが達していたのだと思います。生き続けるのはとりわけ苦しいことではないけど、死ぬっていうこともそんなに苦しいこと、悲しいことじゃない、みたいなね。よく分かんねーや。
『バナナフィッシュにうってつけの日』でシーモアは、死ぬ直前に浜辺で小さい女の子と出会ってテキトーなやりとりを交わすんですが、心から女の子の純朴さを尊く感じて満足していたし、その表情には柔和な笑顔すら浮かべていました。



そして、『シーモアー序章ー』について。

こっちは冒頭に書いたように、非常に読みにくい(というか、読む価値もないような)調子でくどくどと語られる、次男バディの手記です。死んだ兄貴のことを思い出して郷愁に耽るというもの。まあ、このとりとめのない書き方こそが、シーモアという精神的な支柱を失ったバディの心痛を思いっきり表現しているという意味では、これ以上の書き方はないようにも思えますね。正直言って内容はほとんど覚えていないのですが(笑)、バディへの愛着が増すことは請け合いなので、グラースサーガに深い興味をいだいたのなら読んでみるといいと思います。



とりあえずこんなところでしょうか。『バナナフィッシュにうってつけの日』が収録されている『ナイン・ストーリーズ』や、『フラニーとゾーイー』も大好きな本なので、またの機会に紹介できればと思います。

ではでは+

2 comments:

  1. シーモアの自殺は、テディ(『ナインストーリーズ』)の死(俗な妹に突き落とされる)とパラレルなのでは。

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  2. シーモアの自殺は、テディ(『ナインストーリーズ』)の死(俗な妹に突き落とされる)とパラレルなのでは。

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